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2025.03.06
砺波市美術館では、今年のチューリップフェアに合わせて、大村雪乃さんの個展を開催します。大村さんはテレビでもしばしば紹介されているアーティストですから、ご存知の方も多いでしょう。彼女のトレードマークは、文房具の色とりどりの丸シール。何枚も貼り合わせて、都市のきらめく夜景や山の風景を表現します。(図版)
大村さんは多摩美術大学油絵専科卒です。しかし、在学中に油絵具の質感が現代を表現するのにうまくマッチしないと感じるようになり、別の表現手段を探し続けたところ、たどり着いたのが丸シールを使った絵作りだったようです。このあたりの話は、創作の核心部分なので、お会いした時にじっくりとお聞きしたいと思っています。
さて、今回は点描の表現を取り上げます。大村さんの表現は、「描く」行為ではありませんが、まさに点描です。では、過去にどういった美術家が点描表現を試みたのか見てみましょう。
点描という用語で真っ先に思い浮かぶのが、印象派から派生したフランス19世紀末の新印象派でしょう。主な画家はジョルジュ・スーラ、ポール・シニャック、アンリ=エドモン・クロスらです。
また、1960年代のポップアートでも、点描表現を効果的に使った美術家がいます。ロイ・リキテンスタインです。彼の場合は、コミック漫画からモチーフを選び、高尚と思われていた美術の世界に通俗性を過激に持ち込みました。アイロニーです。リキテンスタインの大きなドット(点)は印刷物の網点の拡大です。新印象派の点描は、複数の純色の小さな点を無数に描くことで視覚混合を引き起こさせ、別の色を知覚させるためでした。リキテンスタインの網点を巨大化したドットは表現そのものです。手段でなく、目的としてのドットです。
版画の歴史を多少とも学んだ僕が点描表現と問われて一番に思い浮かぶ美術家は、新印象派の画家やリキテンスタインではありません。ドイツのフランクフルト生まれの銅版画家、ヤコブ・クリストフ・ル・ブロン(Jacob Christoph Le Blon、1667〜1741)です。彼の発明は、赤版、青版、黄版の三版重ね刷りでさまざまな色彩を銅版画で表現しようとしたことです。近代以降のカラー印刷の原理を先取りした技術発明でした。ル・ブロンの銅版画は、後述するように極小の無数の点で構成されています。れっきとした点描表現です。
色を混ぜ合わせることでさまざまな別の色を作り出せることは、昔から知られていたことでしょう。美術教育を受けた画家ならば、混ぜる絵具の分量でどのような色ができるか、経験に裏打ちされた感覚で十分に分かっていたはずです。しかし、ル・ブロンの手法の新機軸は、さまざまな色を混色で作るのではなく、それを三原色に分解して、赤、青、黄の濃度を調整した点刻の銅版を重ね刷りした点にあります。視覚混合の一種です。色分解という発想に思い至るにはニュートンの光についての研究がル・ブロンの背中を押したに違いありません。
光の三原色は赤、青、緑ですが、この考えのもとを正すと万有引力の発見で有名なアイザック・ニュートンの光学研究にたどり着きます。ニュートンは1660年代に太陽の白い色の光をプリズムに通すことで、七色の光に分解される、すなわち白い光は七色の光の混合であると主張しました。光の研究の成果をまとめて上梓されたのが、1704年刊行の『光学(Opticks)』です。光と色についての理論が美術の分野で応用されるのは新印象派が嚆矢ではありません。ニュートンの『光学』に刺激され、1710年頃にル・ブロンは色の三原色に分解した色版の重ね刷りを試みました。原理的には赤、青、黄を混ぜ合わせれば黒色になりますが、点刻だと純粋な黒にならないので、黒版を追加、四版刷りの銅版画にたどり着きます。図版は、ニコラス・ブレイキー(Nicholas Blakey ?〜1758)の油絵を銅版で複製した《ルイ十五世の肖像》※で、1739年の作です。
ル・ブロンが使った銅版技法はメゾチントです。メゾチントは線ではなく、面を表現するのに適した技法です。銅版面に小さな点刻を無数につけます。点刻による無数のくぼみに刷り用の黒インクが入るので、このまま印刷すると真っ黒な面が刷り上がります。一定の面のくぼみを完全につぶすと刷り用のインクがたまりませんから、白(紙の色)になります。くぼみのつぶし具合を調整することで、無限の灰色の階調を作り出せます。この技法で希望の色を出すには、赤、青、黄のそれぞれの版を適切な濃淡がつくように作らなければいけません。三色の濃度をそれぞれ変えることで、さまざまな色彩を表現できるのです。色の三原色の原理です。しかし、色分解は鋭い勘が求められ、それを版に反映する作業は繊細かつ絶妙の手技が求められます。
「Art」には、美術(芸術)の他に技術という意味もあります。ル・ブロンが追い求めたものは後者であり過ぎたのではないでしょうか。技術のみから「美」が生まれることはめったにないことなのでしょう。
・メゾチントにエッチング。黒、茶、青、白の四版多色刷り。赤インクのわずかな加筆。
少し古い記録ですが、1984年の時点で8枚の刷りの存在が確認されています。
[付記]
ル・ブロンの著作『Coloritto; or The Harmony of Colouring in Painting』(1725年、ロンドン刊、英仏語併記)の、大森弦史氏による全訳(解題付き)がインターネットで公開されています。タイトルは、「翻訳・解題:ヤコブ・クリストフ・ル・ブロン『カラリット、あるいは絵画における色彩の調和』」で、https://kougei.repo.nii.ac.jp/records/2155からPDFファイルをダウンロードできます。