Home > コラム
2021.08.16
川辺 外治 1901-1983年
「藁仕事の母子」1943年 80.3×100.0cm 油彩・キャンバス
藁仕事の傍ら、子に本を読み聞かせる母。子は満足そうな顔でミカンを抱えている。農家の日常風景である。人物の自然な動きが柔らかい光を伴って描写され、身近な風景を親しみ深く描いる。厳しい戦時下でありながら、穏健な叙情性が感じられる。
川辺は、富山師範学校で曾根末次郎に写生を、太平洋美術学校で曽宮一念にデッサンを学んだ。農家の次男に生まれ画家を志すも、長男が急死により農業を継ぎ、その傍ら教師として多くの画家を育てた。また、富山県洋画連盟を発足、在野の美術団体「彩彫会」を結成するなど、県内の芸術振興に貢献した。
下保 昭 1927-2018年
「沼」1961年 128.5×184.5cm 紙本着色
本作を発表した頃、当時の日本画壇では、洋画に負けない重厚なマチエールと造形性の高い作風を求める傾向にあった。下保もその影響を受け、新たな可能性を模索したのだろう、自身でも「一遍途中でわりと変わっているのは《沼》を描いた時分」「ちょっと暴れすぎた」と語っている。黒と金泥を巧みに生かし、うねるような造形が特徴的である。黒を基調とする作風の始まりとも言える作品である。第4回新日展、菊花賞受賞。
清原 啓一 1927-2008年
「紅葉遊鶏図」2005年 165.0×197.0cm 油彩・キャンバス
清原は、第10回日展(1954年)で初めて鶏を画題とした作品を発表した。以降、生涯にわたって鶏を描き続け、「鶏の画家」と呼ばれるようになった。作風は、生き物としての形態、生命観を表現することから始まり、徐々に変遷を重ねていく。やがて、画題の内面を追う過程で、鶏と自身を重ねるようになり、対象を擬人化することで人間社会の有様を表現していった。
晩年になると、日本画を意識した装飾性の高い作品を手がけ、油彩による独自の花鳥画を目指した。晩年になると、日本画を意識した装飾性の高い作品を手がけ、油彩による独自の花鳥画を目指した。本作では、鮮やかに色づいた紅葉の下を3羽が自由に駆け巡っている。高い精神性を感じさせる存在感と豊穣な自然が調和した作品となっている。